SOUND MUSEUM VISION

渋谷の地下に広がるこの巨大なスペースには、さまざまな表情があります。

Diamond D

Diamond D

D.I.T.C.の一員としておなじみのベテランラッパー/プロデューサー/DJ
ダイアモンドDは、80年代後半にJazzy JayのDJとしてキャリアをスタートし、同時期にビートメイカーとしてのスキルを確立し、MCのMaster Robとタッグを組み、Ultimate Forceというグループで活動。後にJazzy Jayのレコード会社Strong City Recordsと契約をし、1988年にデビューアルバム『I’m Not Playin’』の制作をスタートし、アルバムと同名の12インチシングル盤「I’m Not Playin’」をリリースし、アンダーグランドシーンで話題の作品となる。1990年にアルバムは完成したが、契約していたレコード会社のディストリュビューターが閉鎖することになり、リリースがしばらく休止になるが、Traffic Entertaimentを通して、2007年にようやくリリースを果たす。アルバムの最後の曲「The Best-Kept Secret」は、ダイアモンドDが自ら初めてMCを担当した作品となる。
また、Ultimate Forceがグループとして確立する過程で、1992年にソロデビューアルバム『Stunts, Blunts and Hip Hop』をリリースし、初期のBig LやFat Joeをフィーチャーした、D.I.T.C.のベストLPになる。1993年リリースのFat Joeのデビューアルバム『Represent』の大半は、ダイアモンドDによってプロデュースされ、その後数多くのヒップホップ、R&Bアーティストの曲をプロデュース。
1996年には、ベストラップアルバムを獲得したthe FugeesのLP「The Score」のプロダクション制作で、グラミー賞を獲得。同年に、Biz Markie、 Wu-Tang Clan、 Fat Joe等の仲間達とRed Hot Organizationのコンピレーションアルバム『America is Dying Slowly』をリリース。このアルバムは、アフリカン・アメリカンの男性のAIDZ感染者率が増え続けているという事実を、もっと社会に認識してもらう目的のチャリティープロジェクトであり、米国の音楽誌The Source magazineから、最高傑作として認められた作品でもある。
ダイアモンドDは、1997年にセカンドアルバム『Hatred, Passions and Infidelity』をリリースし、その後、プロデューサー活動に力を入れ、Busta Rhymes、Fugees、KRS-One、 Queen Latifah、The Pharcyde、The Brand Nubian等にビートを提供。ダイアモンドDは、当時のヒップホップ史では稀に、イーストコーストとウエストコーストの両海岸のアーティストと共に音楽制作をしたことがある歴史上初めてのプロデューサーでもある。その後、アルバム『Grown-Man Talk』、ミックステープ『The Diamond Mine』をリリースすると共に、D.I.T.C.クルーのデビューアルバムをTommy Boy/Warner Brothersレコードから発表。
2008年には、Natalie ColeがカバーしたAretha Franklinの名曲「Day Dreaming」のプロダクション制作を担当し、2度目のグラミー賞を獲得。同年に、Babygrande Recordsと契約し、4作目のアルバム『The Huge Hefner Chronicles』をリリース。プロダクションは、アンダーグランドシーンのビートメーカー、Nottz、 DJ Scratch、 IIIMind、 Def Jef、 Jesse Westが担当。2010年には、Pharoahe MonchのLP『W.A.R.(We Are Renegades)』からのシングル「Shine」をプロデュース。2013年7月に、ダイアモンドDは、たくさんの各演を迎えた新アルバム『The Diam Piece』の制作中であることを発表。