SOUND MUSEUM VISION

渋谷の地下に広がるこの巨大なスペースには、さまざまな表情があります。

DJ SCRATCH

DJ SCRATCH

DJ ScratchはFavorite DJ’s favorite DJとして約20年以上この音楽業界に君臨している。オールタイム・グレイテストDJであり、2006年には、Source MagazineのHIPHOPアイコンに選ばれた。Scratchは、EPMD、Jay-Z、P DiddyのバックDJとしてシーンを支え続けてきた。ここ何十年もの間、EPMDと共にオーディセンスを湧かせ続け、また彼の有名なDJルーティーンは、Big Daddy Kaneの”Friday the 13th Imma Play Jason”のパートで、ホッケーマスク(ジェイソンマスク)を被ってオーディセンスを湧かせる事だ。15年以上、様々なDJルーテーィンとトリックのみで活躍しているのは彼だけであろう。DJ Scratchは最もリスペクトされている、エキシビション、ツアー、クラブDJである。1988年 New Music Seminar Battle for World Supremacy DJ Championshipで優勝した後、RUN DMCのRun’s House World Tourに参加。Jam Master Jayと親交を深め、その後のツアーのパフォーマンスはScratchに一任したほどであった。ScratchはJMJに対し、RUN DMCのライブで必要なスキルを全て教え、その見返りとしてJMJは、当時バックDJを探していたEPMDをScratchに紹介。後は歴史の通りである。Scratchは、Hip Hop Hold Em、Uptown Comedy Club、B.E.T.のRap City, TheBasementといった歴史的HIPHOP番組での音楽担当を任せられるまでとなった。また、Juice、The Original 50 Cent、Backstage、Fly By Night、Rhyme & Reason、SpikeLeeのBamboozledといった映画にも音楽を提供し、彼の名前が一般的に知られるきっかけとなった、コカコーラのコマーシャルをプロデュース、出演を果たしている。DJマスターの称号を得たScratchは、次第にプロデュース作業に没頭するようになる。NYアンセムのNY Shit、Rampage、Ill Bomb、50 Shot Ya等のHIPHOPクラシックスを次々とプロデュース。これらは現在でもフロアーを湧かせ続けている。その功績は、グラミーにノミネートされ、40ものゴールドもしくはプラチナムディスクを獲得。DJ Scratchがクレジットされているレコードは三千万枚売れているという。若いDJに対し、Scratchは「両足を動かす前に腕を動かせ」と教える。それは時間が許す限り、ミックスやブレンドの基本技術を叩きこみ、その後スクラッチやカットをしなさいという彼なりの教えである。「DJを始める全てのDJに捧げる、Scratchを見習え」と言われているほどのDJマスターは、決して驕る事なく今日も練習に励んでいる。