SOUND MUSEUM VISION

渋谷の地下に広がるこの巨大なスペースには、さまざまな表情があります。

JOHN ACQUAVIVA

JOHN ACQUAVIVA

テクノ・シーンの歴史を語る上で外すことの出来ない偉大なプロデューサーの一人。1980年からプロのDJとして活動を始めたJohn Acquavivaは、89年にRichie Hawtinと共にレーベル“Plus 8 Records”をカナダのオンタリオにて設立、川を挟んだ対岸の街デトロイトで沸き起こったテクノ・ムーブメントにその身を投じていくことになる。

当初はRichie のサイド・プロジェクトとしても知られるF.U.S.E.の一員としてアーティスト活動も行っていたJohnであるが、徐々にそのエネルギーをエンジニア、プロデューサー、そしてレーベル・オーナーといった役割へと傾けるようになり、Danniel BellKenny Larkin、そしてSpeedy Jといった、その後のテクノ史に変革をもたらしていく才能を次々と発掘していく。その後も“Probe”“Definitive”といったサブ・レーベルの運営にも関わり、DBXIan Pooleyなどの才能も発掘。まさにテクノ・シーンの伝説的A&Rとして、その慧眼ぶりを世に知らしめていくことになる。

John
について最もよく語られることと言えば、やはりその5万枚を超えるという膨大なレコード・コレクションだろう。自らレコーディング・アーティストとして制作を行うことは90年代を通じて殆どなかったが、そのコレクションを駆使してDJとしては今までに700を超えるパーティーやイベントに出演。今度は何とその経験を元に、Final Scratchという革命的な機材を発明してしまう。

21世紀に入ると自らの制作活動にも力を入れ始め、また“From Saturday To Sunday”などのミックスCDシリーズも新たに始動。そのプロとしてのキャリア・スタートから数えて約四半世紀、Plus 8の設立から数えても15年が経った現在でも貪欲に最前線で活躍するそのエネルギーはまさに超人的と言えるだろう。