SOUND MUSEUM VISION

渋谷の地下に広がるこの巨大なスペースには、さまざまな表情があります。

OZROSAURUS

OZROSAURUS

1996年の結成以来、シングルはもとよりコンピやスプリットEPへの参加、外部客演などを通して徐々に知られる存在となったOZROSAURUSは、2001年に1stフル・アルバム「Rollin’ 045」をリリース。MACCHOもかつて名を連ねたDS455のDJ PMXがプロデュースした名曲“Area Area”など、それまでの国産モノには無かった煌びやかで重厚なサウンドにキレのあるラップを乗せた同アルバムはOZROSAURUSの名を轟かせ、ジャパニーズ・ヒップホップ・マップに“045=横浜”という文字を刻みつけた。翌2002年にシングル“Hey Girl”をヒットさせると、2003年には同曲収録の2ndアルバム「Juice」を発表。同時期に並行して活動し、MACCHOとDJ SN-Zの出会いにも繋がった別ユニット、ROMERO SPでも2004年にアルバム「The R」をリリースしている。「Juice」発表後の交通事故によって生死の境を一時彷徨ったMACCHOのメッセージは、2005年の実質的な復活作“The Phoenix (Will Rise)”、ならびに同曲を収録した2006年の3rdアルバム「Rhyme & Blues」でより重みを増し、非常に高い評価を受けた。翌2007年、(シンガーのHI-Dを除き)一切の客演を排した4thアルバム「Hysterical」を発表。“045 STYLE”とも形容されるOZROSAURUSの持ち味を、その強度とともに改めて一本のマイクで披露してみせると、2011年にはこのタイミングで正式にメンバーとなったDJ SN-Zが、豪華客演陣を迎えて制作したオフィシャル・ミックスCD「Hard Pack」をリリース。ここで初公開された先行シングル“Profile”を以て、OZROSAURUSはメジャーでの再始動を高らかに宣言したのであった。翌2012年、過去すべてのアルバムに関与している盟友DJ PMXをメイン・プロデューサーに据えた約5年ぶりの5thアルバム「OZBUM ~A:UN~」を発表し、大阪/名古屋/川崎でワンマン・ツアーを開催。なかでも喉の痛みと高熱に苦しむMACCHOが気力で断行し、のちにDVD化もされた川崎のツアー・ファイナルに全身全霊を捧げる2人の姿は、奇しくも“言葉を伝えること”に重きを置いた5thアルバムのメッセージとシンクロし、その価値と存在感を一層高める結果となった。2013年6月にはキャリア初の試みである全曲プロデュースを

DJ WATARAIが務めた企画盤「Dish And Dabber」を完成させ、シーンに大きな話題を振りまいた。

2014年から水面下で進められていたGRAND MASTER移籍を2015年元日に突如発表し、シーンの話題を独占したのも記憶に新しい。

電撃移籍だけでもインパクトが大きかった上に、更に新メンバー加入をアナウンス。新体制になった新生オジロのスタートは

ストリートミュージックシーンに大きな影響を及ぼす特大のBOMBで有る事は間違いない。そんな期待感が溢れた絶妙なタイミングで

3月11日に、GRAND MASTER移籍第1弾 配信シングル「曼陀羅」をサプライズリリースし各方面の話題を攫うと

3月17日には、完全招待制の新生オジロ初となるLIVEを渋谷club asiaにて敢行し、オーディエンスと業界関係者にハイブリッドな衝撃を与え、その勢いのまま3月30日発行の「FLJ」にて表紙を飾った。OZROSAURUSの行く末は一体どこなのか。

「神のみ知る 行く我道」とはMACCHOの両腕に刻みこまれたタトゥの文句だが、

その道がより大きく高いステージに通じていることだけは現時点で確実と言えそうだ。